始まりは、あの日の午後3時。
職場って、いろんな音で溢れてますよね。キーボードの打鍵音、プリンターの稼働音、誰かのため息。でも、その中に「これ、何?」っていう、異質な音が混じってくると、妙に耳に残るものです。私の職場にも、そんな“謎の音源”がありました。
定時きっかり、午後3時。いつもならフロアの空気が最も重くなる時間帯に、どこからともなく聴こえてくるんですよ。まるでゲームセンターの片隅で鳴っているような、ピコーン、ピコーン、という電子音。しかも、それが妙に可愛らしいというか、ほんのり牧歌的なメロディを奏でている。最初は誰かのスマホの通知音かな、なんて思ってたんですけど、毎日毎日、寸分違わず同じ時間に鳴るんです。そんな律儀な通知、聞いたことない。
そして何より、その音源が、あの「職場最恐の部長」のデスク周りから発生している、という事実。部長ですよ? 話しかけるだけで「あ、今、なんか変な空気放出したな」って後で自己嫌悪に陥るような、あの顔面無表情の部長。まさか、そんな部長が、定時に可愛い音を奏でる何かを、こっそり嗜んでいるんじゃないか? そう疑念を抱いた瞬間から、私の脳内には「あのゲーム」の存在がちらつき始めました。
ソシャゲ(ソーシャルゲーム)とは?
ここで一度、「ソシャゲ」について整理しておきましょう。これは「ソーシャルゲーム」の略称で、主にスマートフォンなどのモバイル端末でプレイされるゲーム全般を指します。基本的には無料でダウンロードできるものが多く、ゲーム内アイテムの購入や広告表示などで収益を上げるビジネスモデルが主流です。特徴としては、ユーザー同士の交流要素が組み込まれていたり、時間経過で回復する「スタミナ」のようなシステムがあり、毎日ログインして特定のタスクをこなすことで有利に進められる「日課(デイリーミッション)」要素が強いこと。人間の収集欲や達成感を絶妙に刺激してくる、一種のデジタル麻薬みたいなものですね。要は、一度ハマると抜け出しにくい、現代社会に蔓延る“時間泥棒”なんです。
フロアに渦巻く、部長の「ピコーン」疑惑
「あれ、また鳴ってる」「今日の部長、機嫌悪くない?」「まさか…ゲーム?」
フロアに定時を告げるピコーン音が響き渡ると、決まってこんな囁きが交わされていました。最初は私の気のせいかと思ったんですけど、どうやら他の社員も同じ疑問を抱いていたようです。そりゃそうですよ。あの部長が、ですよ。書類の訂正印が少しズレただけで「君の人生はそんなにズレてていいのかね?」と哲学的(だが威圧的)な問いを投げかけてくる、あの部長が。可愛いピコーン音のゲームに興じているなんて、誰が想像できますか。私も含め、みんなの心の中には「まさか」「でも」「ひょっとして」の三段論法が激しくぶつかり合っていたわけです。
部長の背中から覗く、禁断のスマホ画面
疑念は確信へと変わっていくもので、人間って。特に、隠そうとしているものって、なぜか見えちゃったりするんですよね。ある日、コピー機の前で順番を待っていた私の視界に、とんでもないものが飛び込んできました。部長がデスクで、まるで誰かに見られないよう猫背になりながら、スマホを覗き込んでいる姿です。しかも、そのスマホ画面が、定期的にピコーンと鳴るタイミングで、微かに光を放っているんですよ。
そこまでなら、まあ、「単なる通知音」で片付けることもできたかもしれません。でも、私の目は見逃しませんでした。部長がスマホを覗き込むその手の動き。親指で、画面をシュッ、シュッと、まるで何かを“収穫”するような仕草をしていたんです。この時点で、私の脳内では完全にビンゴです。これは間違いなく、何かを育成したり、アイテムを集めたりする系のソシャゲに違いない、と。
ただ、問題はここからですよ。部長の顔面は、普段と寸分違わず無表情。いや、むしろいつもより心なしか眉間にシワが寄っているような。それは、ゲームがうまくいかない時の苛立ちなのか、それとも誰かに見つかるんじゃないかというスリルなのか。真相は闇の中。しかし、その顔と、画面から漏れ聞こえるピコーン音とのギャップが、あまりにもシュールで。私は思わず、コピー機にかけた資料の端を噛みそうになりましたね。
『おにぎりファーム』と部長の秘密:村田さん(仮名)の衝撃告白
そんな中、決定的な目撃談を語ってくれたのが、隣の部署の村田さん(仮名)でした。村田さんは、休憩中にエレベーターホールで部長と鉢合わせになったというんです。
「あれは確か、先月の月末でしたね。部長が珍しく、休憩時間中にスマホ片手にフロアをウロウロしてたんですよ。普段なら自分のデスクから動かない人が、ですよ? 何か探し物でもしてるのかな、と思って見てたら、いきなりスマホを私の方に突き出してきて…」
村田さんはそこまで話して、ゴクリと唾を飲み込みました。私も思わず前のめりになります。まさか部長、村田さんにまでゲームを勧めてきたのか? それとも、助けを求めたのか?
「そしたら部長、普段のあの低い声で『村田くん、この”おにぎり”、いつになったら成長するんだね?』って。で、見たら、部長のスマホ画面に、畑で米が育ってるグラフィックと、真ん中にデカデカと『おにぎりファーム』(仮名:正式タイトルは伏せます)って書いてあるんです。しかも、ゲーム画面の右上に『あと10分で収穫!』ってタイマーが動いてて。部長、そのタイマーとにらめっこしながら、明らかにソワソワしてるんですよ。まるで、自分が作ったおにぎりが、ようやく食べ頃になったのを待ってる子供みたいに…」
村田さんの言葉に、私は思わず「え…」と声が出ました。「おにぎりファーム」。いかにも、定時ピッタリにピコーンと鳴りそうな、牧歌的なタイトルじゃないですか。そして、部長がスマホを片手にウロウロしていたのは、おそらくWi-Fiの電波状況が悪くて、収穫のタイミングを逃しそうになっていたから、と。部長のあの顔面と、「おにぎり」と、そして「収穫」というキーワードが、私の頭の中でカオスな絵面を形成し始めました。
「あの時、部長の隣でタイマーがゼロになるのを見届けたんですけど、その瞬間、部長の顔がパッと明るくなったんです。ほんの一瞬だけ、本当に一瞬だけですけど、普段のあの無表情の奥に、子どものような喜びの表情が見えたような気がして…」
村田さんはそう言って、遠い目をしていました。その話を聞いた私は、もはや「職場最恐の部長」というイメージが、少しばかり揺らぎ始めていましたね。あの部長も、人間だったのか、と。しかも、まさかおにぎりの育成に情熱を燃やすタイプだったとは。世の中、分からないことだらけです。
部長と「おにぎりファーム」が教えてくれたこと
村田さんの衝撃的な告白を聞いて以来、私の部長に対する見方はガラリと変わりました。いや、正確には「最恐の部長」という固定観念が、ちょっとだけ「おにぎりファームの部長」という、ほんのり親しみやすい(…とまではいかないけど)フィルターがかかった、とでも言えばいいでしょうか。それまでは、部長といえば「業務命令」とか「予算査定」とか、とにかく「シビア」な単語しか連想できなかったのに、今では「おにぎり」「収穫」「米」といった、なんとも牧歌的な言葉が脳内を駆け巡るようになったんですから、人間の感情って不思議なものです。
そして、あの定時のピコーン音も、以前のように神経を尖らせて「何だこれ!?」と苛立つことはなくなりました。むしろ、「あ、部長、そろそろおにぎりの収穫時間か」と、なんだか微笑ましくすら感じてしまう。もちろん、部長が業務中に堂々とゲームをしているわけではありません。あれはあくまで「定時にスマホを確認するフリをして、こっそり収穫作業をする」という、部長なりの高度な「息抜き術」なんだと、勝手に解釈しています。
日常に潜む「ピコーン」の効用
考えてみれば、仕事って、時に息苦しくなるじゃないですか。特に、責任のある立場になればなるほど、プライベートとの境界線が曖昧になって、ずっと気を張っている人もいるはずです。そんな中で、部長が見つけたのが「おにぎりファーム」だった、と。あの無表情の奥に、ほんの一瞬だけ見えたという「子どものような喜び」。あれこそが、日々の仕事のプレッシャーから解放される、部長にとっての「ピコーン」だったのかもしれません。
そして、その「ピコーン」は、結果的にフロアの空気まで少しだけ変えたような気がします。かつては部長の周囲に漂っていた重苦しいオーラが、今はほんの少しだけ、おにぎりの香りがするような(…気のせいですけどね)。私自身も、この一件を通して、仕事とプライベート、そして「ちょっとした息抜き」の重要性を改めて考えさせられました。別にソシャゲじゃなくてもいい。推しのアイドルの写真を見るとか、好きな音楽を聴くとか、お気に入りのコーヒーを淹れるとか。どんな形であれ、自分だけの「ピコーン」を見つけて、日常にちょっとした潤いを与えること。それは、もしかしたら仕事の効率を上げることよりも、もっと大切なことなのかもしれません。
結び:あなたにも「秘密のピコーン」を
職場最恐の部長が、まさか「おにぎりファーム」で収穫に勤しんでいたとは。この話は、誰しもが抱える「仕事の顔」と「素の顔」のギャップ、そして、日々の生活を豊かにする「秘密の楽しみ」の存在を教えてくれました。
だから、声を大にして言いたい。
あなたも、自分だけの「秘密のピコーン」を、見つけてみてはいかがでしょうか。
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