プロローグ:全社メールのその先に広がる、推し活と絶望
会社員にとって、全社メールってやつは、ある意味、諸刃の剣みたいなもんです。情報共有のインフラでありながら、一歩間違えば地獄への片道切符。誤送信なんてしたら最後、取り返しがつかない事態に陥る可能性を常に孕んでいる。そんなことは重々承知しているはずなのに、人間、ついうっかりやらかしちゃう生き物なんですよね。
私もね、たまにありますよ。「あ、これ、送っちゃいけなかったやつだ」って、送信ボタンを押した瞬間に脳裏をよぎるあの冷や汗。でも、今回ご紹介するエピソードは、私の比じゃなかった。何しろ、個人が秘めていた「推し活」の情熱が、全社という広大なフィールドに、まさかの大公開されてしまったんですから。想像してみてください。自分の個人的な趣味嗜好が、一瞬にして会社の誰もが知るところとなる、あの背筋が凍るような感覚を。それはもう、絶体絶命のピンチどころか、もはや社内での生存戦略に関わる一大事。
ところが、この途方もない危機を救ったのが、まさかの「刀剣乱舞」の知識だったと聞けば、一体どういうことだ、と首を傾げる方もいるでしょう。ええ、私も最初聞いた時、思わず「なんで?」って独り言が出ましたもん。これはもう、事件ですよ、事件。
ここだけの話:まずは専門用語、軽く解説します
これから飛び出すキーワードに「?」が付かないように、まずは軽くご説明しておきましょう。
* 推し活(おしかつ)
「推し」とは、自分が応援しているアイドル、キャラクター、俳優、スポーツ選手など、心から愛してやまない対象を指す言葉です。そして「推し活」とは、その「推し」を応援し、彼らの活動を支えるための行動全般を意味します。グッズを購入したり、イベントに参加したり、SNSで熱い思いを語ったりと、その形は十人十色、いや百人百色といったところでしょうか。
* 刀剣乱舞(とうけんらんぶ)
正式名称は『刀剣乱舞-ONLINE-』。日本の名だたる刀剣を男性の姿に擬人化した「刀剣男士」を収集・育成し、歴史を守るために戦うという、DMM GAMESとニトロプラスが共同制作した大人気ブラウザゲーム、及びスマートフォンアプリです。通称「とうらぶ」。登場する刀剣男士のキャラクター性の高さと、実際の刀剣にまつわる歴史や逸話を巧みに取り入れた奥深いストーリーが多くのファンを魅了しています。
まさかの大公開:全社メールに流出した推しへの愛
さて、前置きが長くなりましたが、本題に入りましょうか。今回の主役は、とある企業の営業企画部に勤務する、綾香さん(仮名)という女性です。仮名ですからね、本当に「綾香」さんがどこかにいたとしても、それはたまたま。偶然の一致。心霊現象とは関係ないですからね。
綾香さんは、部署の中でも真面目で仕事熱心、周りからの信頼も厚い、絵に描いたような「デキる社員」だったそうです。ただ、人には言えない秘密が一つだけ。それが、熱烈な「刀剣乱舞」の審神者(さにわ)である、ということ。審神者というのは、ゲーム内で刀剣男士を率いる主のことですね。もうね、休日はイベントがあれば遠征、グッズは買い揃える、果ては聖地巡礼と、その情熱は半端じゃなかったと聞きました。私もね、趣味に没頭する人、嫌いじゃないですよ。むしろ、仕事以外に熱中できるものがあるってのは、人生の彩りとして必要不可欠なんじゃないかとすら思ってます。ただ、それが会社という公の場で露呈するとなると、話は別。
送信ボタンの悪夢:絶望は突然に
その日は、週明けの月曜日。いつも以上に会議とタスクが立て込んでいて、綾香さんのデスクには書類の山が築かれていたそうです。そんな慌ただしい最中、親友から一通のメッセージが。「週末の舞台、最高だったね!あの演出、まさかあんな解釈でくるとは思わなかったよ!特に〇〇(特定の刀剣男士)のソロパート、鳥肌立った…グッズも無事全種コンプリートできたし、今度ゆっくり語り合おうね!」
綾香さんは、そのメッセージを見て思わず頬を緩めました。週末に開催された「刀剣乱舞」の舞台イベントに参加した興奮が再び蘇ってきたんです。これはもう、語りたい、いますぐ語り合いたい!と、仕事の合間に返信しようと、メッセージを作成し始めたわけです。まさに親友との内輪ネタ満載の、熱い思いを綴り始めました。舞台の演出の細部にわたる考察、推しの仕草に対する深い感動、そして「新発売のアクリルスタンド、全種類揃えちゃった!可愛すぎて昇天…」といった、いかにも推し活全開のワードが踊る、渾身の長文メッセージです。
問題は、そのメッセージを送信する相手でした。どういうわけか、その時なぜか会社のパソコンのメールでメッセージを作成していました。多忙による判断力の低下。指先は無意識のうちにエンターキーを叩き、そして、次に視界に入ってきたのは、送信完了を告げる画面。
「…え?」
一瞬、何が起こったのか理解できなかったそうです。脳が状況を処理するまでに数秒かかったでしょうか。そして、徐々に広がる凍りつくような感覚。全身から血の気が引いていくのが分かり、デスクの下で膝がガクガク震え出したと語っていました。自分が送ったメールの宛先が「全社」になっていることに気づいた瞬間、綾香さんの世界は一変したわけです。目の前が真っ暗、いや、全社の皆さんの顔が走馬灯のように見えた、と。これはもう、社会的抹殺宣告じゃないか、と本気で思ったそうです。仕事中に何やってんだ、と怒られるのはもちろんのこと、「まさか綾香さんが、あんなオタク趣味を…」「仕事中はクールなのに、裏ではそんな熱い一面が…」といった好奇の目に晒されることを想像しただけで、もう会社に行きたくなくなった、と。その日の午後の記憶はほとんどない、と彼女は遠い目をしていました。
窮地を救った、まさかの「審神者」
絶望の淵に立たされた綾香さん。しかし、事態は思わぬ方向へと転がっていきます。送信から数十分後、彼女の携帯が鳴りました。表示されたのは、普段はあまり感情を表に出さないことで有名な、部長の電話番号。綾香さんは「いよいよお呼び出しだ…」と観念し、震える手で通話ボタンを押しました。
「綾香さん、今、時間いいか?」
部長の声は、いつも通り冷静そのもの。怒っているのか、呆れているのか、まったく読み取れません。綾香さんは、生きた心地がしないまま「は、はい…」と答えるのが精一杯でした。
「いや、さっきの全社メール、見たよ。週末の舞台、よかったみたいだな」
え?よかったみたい?怒ってない?綾香さんの頭の中は、疑問符でいっぱいになりました。部長は、さらに続けます。
「〇〇(刀剣男士名)のソロパートが鳥肌だった、とあったが、私も同意見だ。あの演者、以前から注目していたが、まさかあそこまで憑依した演技ができるとはな。特に、あの刀剣男士の歴史的背景と、今回の演出で使われた照明や音響のシンクロ率は見事だった。まるで、刀剣が持つ魂が可視化されたようだったな。グッズも全種コンプリートとは…さすがだ」
綾香さんは、自分の耳を疑いました。部長が、自分の推し活メールの内容を、まさかここまで具体的に、しかも的確に評価している…?そして、その知識量ときたら、生半可なファンでは語れないレベルじゃないか、と。
「…ぶ、部長も…刀剣乱舞を…?」
震える声で尋ねる綾香さんに、部長はフッと小さく笑ったそうです。
「ああ、実は私も『審神者(さにわ:プレイヤー)』でね。数年前から細々と楽しんでいる。まさか君も同じとは、驚いたよ。普段は業務の話ばかりで、こんな深い話ができるとはな。いや、君のメールは、単なる趣味の羅列ではなかった。舞台の歴史的解釈、演者の演技に対する洞察、そして何より、推しへの深い愛情が溢れていた。あれは、立派な『批評』だよ」
部長の言葉に、綾香さんは涙が出そうになったそうです。絶望の淵から、まさかの救世主。しかもそれが、まさかの部長。普段は厳格で、趣味の話など一切しないと思っていた部長が、まさかの「隠れ審神者」だったとは。しかも、自分の送った推し活メールを「批評」だと評価してくれた。
その後、部長は「全社メールで送ってしまったのは、もちろん公私混同として注意すべき点だが、内容自体は興味深かった。むしろ、君の多角的な視点や分析力の一端を垣間見た気がする」と、直接会って話してくれたそうです。そして、最後には「今度、一緒に聖地巡礼でも行くか?」とまで冗談めかして言ってくれたとか。
この一件で、綾香さんの社内での評価は、ある意味、変わりました。もちろん、誤送信自体は反省すべきことですが、彼女の「推し活」に対する深い知識と情熱が、まさかの形で上司に伝わり、むしろポジティブな印象を与えたんです。部署内でも「綾香さんって、ああ見えて結構熱いんだな」「あの舞台、そんなに奥が深いんだ」と、趣味に対する理解が深まるきっかけになったと聞きました。
いやはや、人生、何がどう転ぶか分からないものですね。まさか全社メールの誤送信が、新たな社内交流の扉を開くとは。私も気をつけなきゃな、と心に誓った次第です。何を、って?それはまた、別の話で。
公私混同のその先に:まさかのハッピーエンドと現実
いやはや、綾香さんのエピソード、とんでもない話でしたね。全社メールで推し活を暴露してしまい、絶望の淵に突き落とされたかと思いきや、まさかの部長が「隠れ審神者」で、しかもその内容を「批評」として評価してくれるとは。これ、普通だったら、懲戒寸前の案件ですよ?それが、まさかの社内での株が上がるきっかけになるなんて。人生、本当に何が起こるか分かりません。サイコロを振るみたいなもんです。出た目で一喜一憂するしかない。
綾香さんのその後ですが、あの全社メール事件以降、部署内の人間関係が不思議と円滑になったと聞きました。これまでクールで近寄りがたいと思われていた彼女が、「意外と人間味のある一面もあるんだな」と、同僚からの見る目が少し変わったそうです。休憩時間には、何人かの同僚が「そういえば、あの舞台ってどんな感じなんですか?」なんて、恐る恐る話しかけてくることもあったとか。それをきっかけに、普段は話す機会のなかった部署のメンバーとも、趣味の話で盛り上がることも増えたと語っていました。そして、例の部長とは、その後も時折、刀剣男士の新しい情報や、舞台の感想などを軽く交わすようになったそうです。仕事の話だけでなく、共通の趣味という側面で繋がれたことは、綾香さんにとっても大きな心の支えになったことでしょう。
ただね、これ、ハッピーエンドだから笑って話せますけど、かなりの綱渡りだったってことですよ。もし部長が刀剣乱舞に全く興味がなかったら?もし部長が、そういう「公私混同」を厳しく咎めるタイプだったら?考えるだけでゾッとします。綾香さんのケースは、まさに奇跡的な偶然が重なった結果であって、決して「推し活を全社にぶちまけても大丈夫!」という教訓ではないですからね。そこは履き違えないように。
結論:推し活は、静かに、そして時には大胆に
今回の綾香さんのエピソードから、私なんかが学んだことといえば、結局のところ、自分の「好き」という感情は、隠し続けるのも大変だし、かといってオープンにしすぎるのもリスクがある、ということですかね。バランスですよ、バランス。
でも、同時に思ったのが、人は見かけによらない、ということ。普段はポーカーフェイスで厳格に見える部長が、実は熱心な「審神者」だったように、隣の席の同僚も、実は想像を絶する趣味の持ち主かもしれません。そして、その「好き」の熱量が、意外な形で仕事や人間関係に良い影響を与える可能性も、ゼロではない。ただし、それはあくまで「可能性」であって、「確実」ではない、ということを肝に銘じておいた方がいい。
今回のケースは、綾香さんの「推し」への深い知識と愛情が、最終的に彼女を救ったわけです。つまり、本当に好きなものに対しては、そこいらの生半可な知識じゃなくて、専門家レベルの情報を蓄え、熱量を持ち続けていることが、思わぬ局面で武器になることもある、ってことなんじゃないでしょうか。
シンプルかつ強力なメッセージを一つ提案するとしたら、これでしょう。
「あなたの『好き』は、いつかあなたを救うかもしれない。ただし、備えあれば憂いなし。日頃から『好き』を深掘りし、その熱量を周囲に伝える準備は怠るな。」
今回の綾香さんのように、予期せぬ形で公になってしまったとしても、その熱量と知識が本物であれば、きっと誰かの心に響くはずです。もちろん、誤送信は気をつけましょうね。私からのアドバイスは以上です。それでは。
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