オンライン会議、その光と影
オンライン会議が当たり前になって、早数年。通勤時間も減ったし、全国の支店と気軽に繋がれるし、良いことばかりのように見えますよね。ええ、私もそう思っていました。でもね、人間の生活圏にデジタルが入り込むと、必ず発生するのが「思わぬハプニング」なんですよ。特に厄介なのが、背景問題。バーチャル背景なんて便利な機能もあるけれど、あれだって万能じゃない。むしろ、変な角度で椅子に座っちゃったせいで、肩からニョキッと植物が生えたりする方がよっぽど現実的だったりしますからね。
「Zoom映え」ならぬ「Zoom萎え」とは？
昨今では「Zoom映え」なんて言葉も登場しましたが、これは主に、オンライン会議の画面上で、自分の見た目や周囲の環境が魅力的に映ること、を指します。いわば、画面越しでも「ちゃんとしてる」感を出すための工夫ですね。しかし、これと対極にあるのが、今回私が話を聞いたエピソードでまさに起こったような「Zoom萎え」状態。これは、意図せず画面に映り込んだものや、不適切な背景のせいで、相手に不快感や残念な印象を与えてしまうことを、私なりに定義した造語です。今回は、この「Zoom萎え」の究極系ともいえる事件についてです。
「干しっぱなしの〇〇」が、ある日突然、仕事の顔になる
ええ、以前から言っていることなんですが、オンライン会議ってのは、会議室という名の「閉鎖された舞台」から、各々の自宅という「生活感溢れるプライベート空間」へ、急に場所を移したわけですよ。だから、普段なら絶対見えないようなものが、何の脈絡もなく、突然、取引先の目の前に突きつけられる瞬間がある。そういうハプニングを、私は「デジタル脱衣」と呼んでいます。服を着ているのに、なぜか生活の裏側が丸見えになる、あの感じ。今回は、まさにその「デジタル脱衣」の極北とも言えるエピソードを、都内のIT企業に勤める佐藤さん（仮名）から伺いました。
佐藤さん（仮名）が経験した、戦慄の「干しっぱなし」事件
佐藤さん（仮名）は、30代後半のバリバリの営業マンで、在宅勤務歴もそれなりに長い方でした。しかし、その長い在宅勤務期間が、かえって彼からある種の緊張感を奪っていたのかもしれません。普段の会議は、まあ適当でいいや、と。バーチャル背景なんて洒落たものは使わず、壁を背にしていれば十分、と思っていたそうです。そんなある日、彼の会社にとって非常に重要な、新規クライアントとの初顔合わせのオンライン会議が設定されました。しかも、相手は海外の企業。当然、英語でのやり取り。佐藤さんも、いつも以上に気合を入れて、入念に準備を進めていたと言います。
会議開始。佐藤さんは、持ち前の明るさと流暢な英語で、冒頭から熱弁をふるっていました。新しいプロダクトの魅力、会社のビジョン、市場における優位性…もう、スティーブ・ジョブズもかくや、といった勢いだったそうです。取引先の担当者も、最初は真剣な面持ちで彼の話を聞いていたようですが、どうも数分経ったあたりから、その表情に微妙な変化が見え始めたと言います。なんだか、視線が佐藤さんの顔と、彼の背後の空間を、交互に行ったり来たりしている。しかも、たまに目線を合わせようとすると、サッと逸らされる。そして、会議室には微妙な沈黙が流れる瞬間が、不自然なほど増えていったそうです。
佐藤さん本人は、完全に講演モード。気分は最高潮で、「今日の俺、冴えてるな！この新規案件、もらったも同然だ！」とすら思っていたと言います。社内のチャットツールがピコン、ピコンと鳴っていたそうですが、彼は「同僚も俺のプレゼンに感動してるんだろうな」と、ろくに確認もせず、ひたすら喋り続けていたわけです。
ところが、その数分後。とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、同席していた彼の上司が、マイクをオンにして、極めて不自然な咳払いをしました。そして、焦ったような声で、こう告げたのです。「佐藤さん…！あの…、背景、背景が…！」
佐藤さんは、一瞬何のことか分からなかったそうです。背景？俺の部屋の壁は綺麗だぞ？と思いながら、自分の画面をちらりと見て、その瞬間、全身の血の気が引いたと言います。
彼の背後、画面の端っこに、本当に隅にそれはありました。
物干し竿に、堂々と、悠然と、そして少しだけ風に揺れるように干されていたのは――奥さんの、ちょっと洒落た、レース飾りがついた下着だったのです。
なぜ、そんなものが、そこに？
聞けば、前日の夜に奥さんが手洗いしたもので、「乾燥機にかけられないから、ここに干しておいて」と佐藤さんが言いつけられていたとのこと。そして、佐藤さんは、それをすっかり忘れ、朝からオンライン会議に臨んでしまっていた、というわけです。
取引先は、文字通り「ザワついた」そうです。彼らは別に、佐藤さんの奥さんの下着のデザインに興味があったわけではありません。いや、もしかしたら少しはあったのかもしれませんが、重要なのはそこではありません。彼らは、目の前の「デジタル脱衣」に、何を思ったのでしょうか。
まず一つは、「この人、大丈夫か？」という、純粋な驚きと、やや呆れたような気持ちでしょう。重要なビジネスの場面で、なぜ個人の、しかも奥さんの私物が、こんなに堂々と映り込んでいるのか。彼の危機管理能力、そして仕事への真剣度を疑わざるを得ません。
もう一つは、単純に「気まずい」という感情。目の前でビジネスの話をしている相手の背後に、まさかの「奥さんのレース付きブラジャー」。どこに視線を置けばいいのか、どう反応すればいいのか、非常に困惑したはずです。笑うわけにもいかず、指摘するのも気が引ける。その結果が、あの「ザワつき」だったのでしょう。
そして、もしかしたら、もっと別の感情も渦巻いていたかもしれません。「へぇ、この奥さん、こんな感じの下着を着るんだ…」といった、人間としての、無粋な好奇心。あるいは、「この人、家では完全に奥さんの尻に敷かれているんだろうな」といった、勝手な人間像の構築。
佐藤さんは、顔を真っ赤にして、慌ててカメラをオフにし、状況を説明しようと必死だったそうですが、もはや言葉は半分も耳に入っていなかったはずです。その日以降、彼はどんな会議でも、必ずバーチャル背景を使うようになった、と苦笑いしながら話してくれました。オンライン会議における「背景」とは、単なる背景ではなく、あなたの「生活」であり、良くも悪くも「人間性」を映し出す、恐ろしい鏡なのかもしれませんね。
「デジタル脱衣」から身を守る、たった一つの教訓
佐藤さん（仮名）のエピソードは、笑える話で済ませてはいけない、極めて示唆に富んだ事件だと私は思っています。なぜなら、あれは彼が特別にだらしない人間だったから起きた、という単純な話ではないからです。在宅勤務に慣れ、オンライン会議が日常の一部になったことで、多くの人が「ここは自宅だから大丈夫だろう」という、ある種の油断に浸ってしまっている。この「大丈夫だろう」という感覚が、まさしく危険信号なんですよ。
考えてみてください。普段、オフィスで仕事をしている時、あなたはネクタイが曲がっていないか、髪が乱れていないか、上着にシミがついていないか、鏡で確認したりするでしょう？それが、自宅の一室になると、途端にその「身だしなみチェック」の対象から、背後の風景が抜け落ちる。いや、そもそも「背景も身だしなみの一部である」という認識自体が、まだ薄い。ここが、現代のデジタル社会における、新たな盲点なんだと思います。
あなたの背景は、あなたの「顔」である
では、佐藤さんのような惨事を防ぐにはどうすればいいのか？多くの解決策を並べ立てることもできますが、私はシンプルに、たった一つのことを提言したい。それは、「オンライン会議の画面に映るすべてが、あなたの『顔』である」という意識を徹底することです。
物理的な対策はいくらでもあります。バーチャル背景を使う。壁際に移動する。後ろに衝立を置く。それらは当然やるべきことです。しかし、一番重要なのは、そういった小手先のテクニックの前に、「ここは仕事場である」という意識を、自宅の一室にも持ち込むことなんです。
例えば、出社する時、寝間着のままで会社に行きませんよね？それと同じです。オンライン会議は、自宅という空間で行われますが、その本質は「仕事の舞台」なんですよ。その舞台に立つ以上、あなたの姿形はもちろん、背景に映るものすべてが、見ている相手に「あなた」という人間をプレゼンテーションしている、という意識を持つべきなんです。
佐藤さんの奥さんのブラジャーが映り込んだのは、確かにハプニングでした。でも、そのハプニングを引き起こしたのは、彼自身の「まあ、いっか」という油断だったわけです。たった一度の確認ミス、たった一度の「まあ、見えないだろう」が、重要な商談、ひいてはあなたのビジネスパーソンとしての信頼を、あっという間に地に落としかねない。そういうシビアな現実が、オンライン会議の画面の向こうには広がっている、ということなんですよ。
まとめ
オンライン会議は、私たちの働き方を大きく変え、多くの利便性をもたらしました。これは間違いありません。しかし、その一方で、これまで「見えなかったもの」が、突如としてビジネスの場に露呈するという、新たなリスクも同時に生み出したわけです。あなたの自宅の一室は、もはや純粋なプライベート空間ではありません。オンライン会議の瞬間だけは、そこがそのまま、あなたのビジネスにおける「顔」となる。
このことを肝に銘じ、会議が始まる前にたった数秒で構いませんから、一度、自分の画面に何が映っているかを確認する。そして、「これは、もし自分が取引先の立場だったら、どう見えるだろう？」という客観的な視点を持つ。この習慣が、あなたの「デジタル脱衣」を防ぎ、そして、ひょっとしたら人生を救うかもしれません。まあ、それでも予期せぬものは映り込むものですが、せめて「干しっぱなしの〇〇」だけは、何とか避けたいものですよね。
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